In Diary

 

最後にもう一度、The Joshua Tree Tourを体験しなければ、ということでソウルまでやって来た。

朝3時に起きて江津から車で約5時間走って、福岡空港から1時間半。ソウルは1年ぶり。前回は土地に詳しい友人と一緒だったけど今回はひとりで来た。土地勘ゼロってことで空港からホテルのチェックインまでのアクセスにちょっと苦戦した。英語表記がほとんどないから割と大変。開演に間に合わなかったらやだなという気持ちが焦せらせる。

こういうときは近くにいる人に聞くに限る。どの人も超親切に教えてくれたし、一生懸命日本語を話そうとしてくれる若いカップルもいた。(みなさん、ありがとう!)

チェックインしたホテル(ぎりぎりに会場近くで探した安ホテル)が怪しげな街裏エリアにあるラブホテルだったけど、んなことはどうでもいい。

会場は高尺スカイドーム。さいたまのほうがでかいかもしれないと思ったけどどうなんだろう。外国人は日本のときの方が多かったかな。LIVEはもちろん満喫できたし、言うまでもなく最高だった。オープニングSEが音のトラブルで出なくていきなり”SBS”からはじまった。(だから”Bad”の演奏は今回なかったのかも知れない。)

ソウル公演はU2史上初だったし、韓国のファンも日本公演に負けないくらいの「地鳴り声援」で大歓迎していた。『Where The Streets Have No Name』の最初のヴァースのところでボノが泣いて声が出ていないように見えたんだけど、どうだったのかな。僕は今回は泣かずに笑顔で、ありがとうの気持ちで、脳裏に焼き付けておこうと思っていた。隣にいた白人女性が涙を拭ってるのを見てちょっとだけ僕も涙をもらってしまったけど。みんなそれぞれにこのアルバムに思い出が詰まっているんだよね。

 

 

ソウルのあとはまさかのマニラ、バンコク、その後はインドはムンバイと続いて今回のツアーは幕を閉じることになるようだけど、これまでのU2では考えられなかった日程だ。それほどに世界で売れたアルバムで、それはつまり世界中のコンサート招聘家さんたちが呼んでいるということでもあるんだろう。(まあLive Nationによるビジネス戦略の部分も大きいと思うけど。)

やっぱりU2自身もこの先いつまでツアーがやれるのかということも考えているのかもしれない。このツアーコンセプトは最強だし、初のアジアを廻るいい機会なのかなと想像する。2020年以降の活動に関してラジオチャンネルをつくるというニュースがさいたまで発表されて「やっぱり休まないんだねぇ」と思った半面、そうやって動き続けてくれることを嬉しく思う気持ちもある。

ここ数年の彼らを見ていて、徐々に徐々に周囲の人たちにいろんなものを分け与えていっているように感じる。作品のアートクリエイティヴに関することをより近い、これからのキャリアの仲間のデザイナーにやらせてあげたり、iNNOCENCE + eXPERIENCE Live in Parisのときはパリのテロで公演が延期になったときにイーグルス・オブ・デス・メタルを最後にステージでプレイさせてあげていたり、最近ではインドのミュージシャンがU2楽曲をオフィシャルRemixとしてリリースしていたりする。少し前の彼らはこんなにコラボをすることはなかったように思う。

一定の高み(彼らはもちろんロック・ミュージックシーンにおいて80年代に頂点に上り詰めた。)に達する人というのは年齢とともにエゴがゆるやかになって、世の中のために貢献するという人格が優位になってくるのだろうか、ということをU2を見て思った。90年代に入ってからボノを中心に社会活動が活発になったのでこれは決して昨今の話ではないのだけれど。

昔、あるサックス・ミュージシャンと話をしていてたまたまU2の話になった。その人は「あれだけ世界をツアーしてまわっていると自分たちの音楽を届ける以上に世界をよりよくしていきたいと思うのかもね。」と言っていて、勝手にそういう風に想像していたことがあるし、今もそんな気がする。欧米には成功した者は世の中に貢献していこうよという暗黙のルールのようなものが存在しているとは言うけれど。

さいたま公演で初日に一緒に行った友人と「自分のためにやる仕事」と「誰かがよくなるためにやる仕事」があるよね。僕は今は断然前者だけど、もっと歳を重ねていったら後者になれたらいいなとは思ってる、みたいな話をした。

そういう意味でも僕はU2の存在が自分の人生のロールモデルのひとつになっているんだろう。

 

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