In Diary

島根にある某高級温泉旅館のPV制作を進めている。追加で欲しいカットがあり、撮影してきた。

映像を作りたいという要望があるけれど、果たしてどんな映像が欲しいのかをきちんとイメージし、制作依頼できる人にはあまりお目にかかったことはない。参考として誰かが作った映像を見るとなんとなくわかるけれど、それでも自分で考えて企画するなんてことはできないのだろう。だから僕のような小さい規模でやっている者でも必要としてくれるのだろう。少なくとも島根で仕事をうける案件のほとんどが「おまかせで!」から始まる。こういうことは映像制作だけに関わらずあらゆる業界であることなんだと思う。

Sジョブズが「多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ」と言ったセリフはとても有名だ。たしか世にiPhoneが出た頃に言っていたと記憶している。映像制作という仕事もまさにこれだと思った。

とにかく一度作って出してみる。するとおもしろいようにクライアントは楽しみにしてくれていて、反応し、意見を言ってくれる。ここからがようやくスタートなのだ。

一生懸命作ってくださった方(←僕のこと)にこちらから意見をするだなんてとんでもない、と思っているだろうなとこちらが察するくらい気を使って話をしてくださった。いやいや、そんな風に気遣ってくれなくていいですよと思いつつ、こういう気遣いはそもそも日本人的であり、当たり前だけれど悪い気分にはならないので、こちらも気持ちを込めて対応したくなるものだ。同じことを言われても言われ方によってこちらの感情も変化するなんて、不思議だなあ。

言いたいことをストレートにわかりやすく伝えることを誰もができ、かつ雑念なく受け止めることができればコミュニケーションは本来もっとスムーズなんだろうけど、「同じことを言うにもどういう風にいうか」はやっぱり重んじられてくる。僕もシンプルにスムーズに言いたいことだけを伝えればいい、とは思っているけど、尾ひれはひれつけて伝えようとすることはやっぱりある。まあ最後は性格の問題なんだけど。

今回の案件で追加撮影ができて現場へ行ったときに複数の社員の方達がミーティングの席についた。今までは社長とのマンツーだったので「あ、スタッフの人たちもやっぱり(この映像制作のことが)気になってたんだ!」と思った。

そして彼らは思っていることを口に出してくれた。とても遠慮深く。結果的に僕の話を熱心に聞いてくれたし、僕もできる限り彼らが求めるものは一体なんだろう、ということに注力しながら話を聞いた。なんにせよ、こういうきちんとしたコミュニケーションが生まれると作り手のモチベーションは大きくプラスに変換される。

追加撮影はうまくいったと思う。カットごとに確認をとらせてもらったりもした。あとは出来たものを気に入ってくれたら言うことなしだが、それは成果物を出すという仕事のプレッシャーであり、一方制作者の喜びの部分である。

こういう画にこれから色彩を施していくのだ。

 

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