In Diary

Yurusato(ユルサト)が復活する。その噂を聞いたのは昨年の秋頃だったと思う。クラウドファウンディングもオープンしたようだ。

Yurusatoとは2014年の冬まで江津駅前で営業していたゲストハウスだ。今や地方都市においてゲストハウスは珍しくもなんともないし、むしろ古民家活用や起業アイデアで常に上位に食い込む誰もがわかりやすいビジネスアイデアと言える。Yurusatoは誰もが描くゲストハウスのイメージを具現化した奇跡のような場所だった。たまに人前に出て江津と僕の出会いを話す機会があるときにYurusatoのことは必ず話している。言い方は「伝説のゲストハウス」。嘘でも大げさでもなんでもないし、今だにそう思っている。これからもそう言い続けるだろう。

僕がそう思う理由は大きく2つある。

まずひとつは石見を代表する建築デザイン会社であるsukimonoがスタートアップ初期に手掛けた建築物件だったこと。会社が大きく成長し、今ではなかなかできないであろう、細かい手作業でつくられた独創的なマテリアル。オンリーワンな空間づくりがとにかく強烈で、訪れる人々に与えるインパクトは相当のものだったと思う。2013年の終わり頃はじめて訪れた僕ももちろんその一人だった。「おお、ここは東京とは全く違う暮らしがあるぞ!」と興奮した夜のことをよく憶えている。きっと僕はこの町に移住するだろうとも思った。

寂れた町にあるからこそ、そのギャップが絶大なインパクトをもたらしていることをリノベデザインされた小さなハコを通じて学んだ。この頃に江津に起き始めたモメンタムはsukimonoなしには語ることはできない。機会があるたび「小さなクリエイティブ空間が街を変える!」と僕は言い続けている。

もうひとつはこの上なく個性的なオーナーだったYさんのキャラクターだった。ガタイが大きいことに加えて、ときに強引に人を巻き込んでいくその手腕。プロジェクトを次々に立ち上げ、多くの人をつないでいった。彼はプロデューサーだった。

この場所に「泊まりに行く以上の価値があること」はたちまち噂になり、県外からも多くの人が押し寄せた。毎日のように誰かがふらりとここへやってきてYさんと話をしていく。仕事の話なのか雑談なのかよくわからない。でもそれが心地いいのだ。Yさんの影響で江津移住を決めた人も一人や二人ではないだろう。これが今時のゲストハウスのあり方だと僕は感じているし、以降エキサイティングなゲストハウスはなかなか生まれていないようにも思える。宿泊施設とゲストハウスはやはり、違う。

その後、Yurusatoはひっそりと看板をおろし、Yさんも別の町へ引っ越した。

僕が初仕事で”江津デビュー”するきっかけを与えてくれたのはYさんだったし、いくつかの仕事を一緒にしたことは今となってはいい思い出だ。これは余談だが「スキモノ」や「ユルサト」のような四文字の響きがとても好きで「クラニワ」で行こうと決めたのだった。

あれから3年、この場所が蘇る。新Yurusatoのオーナーも友人だ。このクラウドファウンディングでは蔵庭もささやかながら協力させてもらっている。旧Yurusatoを知る人の記憶を消すことはできないけれど、新しいやり方でこの場所を復活させて欲しいし、機会があれば僕もここに友人知人を紹介したいと思う。江津にまた前向きな場所ができることは単純に嬉しい。もしよかったら応援してください。

つい先日、松江のとある宿泊施設でばったりYさんと遭遇した。その場でたちまち話し込んでしまった。以前よりも少し落ち着いていたけれど、相変わらずのトーンと笑顔だ。

「おれたち、縁があるんだよ。また一緒に何かすることがあるんだろうね。」

たしかに。これも島根ならではの人間関係だ。

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